まさか伝説の人とおあいして親しくおしゃべりできてしまうなんて。ちょっとにわかには受け止められないくらいの気持ちだった。なかなかこんなことって、ない。
高橋靖子さん。日本において「スタイリスト」という職業を確立した伝説の人。
その活躍の幅は世界レベル。
ロンドンでの山本寛斎のショー、ジギースターダストの時代のデビッドボウイのスタイリング、デビッドボウイとTレックスのフォトセッションのサポート、矢沢永吉、忌野清志郎らのニッポンのゴージャスなミュージシャンたち、鋤田正義、加納典明らそうそうたる写真家たちとの仕事、石川次郎らの伝説的エディターとの仕事、ヨーガンレール、レナウンイエイエ、ミルク、セントラルアパート、文化屋雑貨店、山口小夜子、ビックリハウス、、、言葉に出してしまうと胸の辺りから心臓がぽろりと飛び出してしまいそうな気分になるキーワードの数々。その最中で生き生きと仕事をして、駆け抜けてきて、未だ現役の、伝説の人。(*文中すべて敬称略)
そういうものを見て、そういう人たちに憧れて、そういう人たち作ったおもしろい場所や文化の中で遊ばせてもらっていたのが1960年くらいにうまれたわたしたちの世代だ。
感謝、尊敬、ではない。畏敬の念、という形容が一番自分の中でぴたりと来る、そういう人。
きっかけはTwitter。
まさかヤッコさんがやってらっしゃるとは思っていなくて、びっくりしてフォローをした。もちろん彼女はわたしを知らない。それでいいしなんにも望んでいなかったのだが。
ある日Twitterのサードパーティーサービスが悪さをしたのだ。
「paper.li」というこのサービス。自分のTwitterアカウント入力だけでフォローしているアカウントなどから自動コンテンツ収集をして新聞仕立てにし、Web上で読めるというもの。ヤッコさんのアカウントからも当然拾ったりする事があるわけで、彼女のFIGARO JAPONでのブログ記事、「野良猫ホホの一日」をピックアップしちゃった、勝手に!リンク先見たり何度も読んだりしたからピックアップされたんだろうな。ネコ、好きだし。
そして突然のヤッコさんから「載せていただいてどうもありがとう」のTweet!!!まあまあ、交差点でニコールキッドマンに道聞かれてもこんなに驚きはしませんよ。冷静を装いつつ、おしりが地面についていない。相互フォローをしてもらい、ますますおしりが地面からはなれていく。
その感動からはや数ヶ月ほど。ヤッコさんのTweetで『表参道のヤッコさん』展の開催と、オープニングパーティがあることを知って。必ず行こう!でも、えー、展示の方だけね。そう思った。パーティーなんてもう、恐れ多くて。そう思ってたらヤッコさん、Tweetで、
「明日は表参道「山陽堂書店」のヤッコさんフェアのオープニング・パーテイ。
ツイッターとフェイスブックの、会ったことのない方にも会いたい。
実は友人にもほとんど声かける暇ナシ。皆さん来てね」
なんて。とても素敵だなあ、こういう感じ。
会費はわずか1000円。山陽堂書店さんや協力した皆さんがどういう想いでこれを開催したのかがわかるような気がした。やっぱり行こう。よし!いこう。
そうやってやって来た山陽堂書店さん。かわいらしい本屋さんで、セレクトがいい。それだけでもほくほくしてしまったんだけど、二階に上がると、、、
あっ!いらっしゃった。人の輪の中で、小柄なのになんともいえないオーラを出してて、すぐにどこにいいるかわかる、そういう感じの人。
ぼーっとその憧れの人を目で追って動けなくなっていると、突然彼女が近づいてきて手をとってくれて!お~どうなってんのよお!!!と脳みそ溶けちゃいそうな中で「Twitterでネコのホホのことを、、」なんてぼそぼそつぶやいたら見事に覚えていてくれて。なんとまあ、果報者の自分。
しかもヤッコさん、わたしの手をとったままずっとおしゃべりしてきてくれてもう、汗いっぱい出た。
いまわたしの手をとっているヤッコさんの小さな手が私たちが遊ばせてもらった場所を作り上げてくれたり、憧れたお洋服をカッコよく見せてくれてたりしたわけで。正味5分も話していないはずなのだ。でも背中、汗べっちゃり、ほにゃほにゃされてしまった。骨抜きたあこのことだ。手のひらの汗だけは精神力で引っ込めてみたよ。いや、みたつもり。
彼女が紹介してくれた写真家さんたちともおしゃべりをした。これまた冷や汗をかいた。
こういうパーティーの時に強い味方になってくれるのが、熊本、GIZMONさんの所のこれ「iCA」一人ぽっちで見ず知らずのパーティーに潜り込むのになかなか心強い味方になってくれる。 http://gizmon.com/ja/
カメラじゃない。iPhoneのケース。話題になるのだ、これ。
ライカ風の形ではあるが、当然のことながらびっくりするほど薄くって、それがおもしろい。みんなが「それはなに?」という顔をする。たくさんの方が声を掛けてくださった。
ライカのミリタリーを模したこれのデビュー戦。やはり皆さん面白がる。イザワオプトのレンズも取り出すと10分やそこらは話しが持つ。まるでいじめられっこが、それでも友達と遊びたくておねだりで買ってもらった最新の超合金を持って友達たちの気を惹くために公園に出かけるようなもの。
ごつい一眼レフを持った若いプロカメラマンの方としゃべっていたのだが、その横にいた年上の紳士がカメラマンの染吾郎さんだとは気づかなかった。何者かである、というオーラは、もちろんはっきりとわかったのだが。デビッドボウイやマークボラン、山口小夜子なんかを撮って来た、やはり伝説的写真家。キヤノンのIXYを持って気軽にスナップしているところをお見かけしたのだが、観察眼のない自分、気がつかなかった。
普通のひとならスナップを撮る時、あんなに寄らない。ズーム使っちゃったりちんまりした写真を撮ったりする。その紳士はヤッコさんの顔30センチまで近づいてシャッターを切っている。カメラの位置が違う、リズムが違う。カメラではない「撮る」という行為を改めてまた勉強させてもらった。恥ずかしながらその前にちょいと生意気にカメラ談義なんかをしてしまった。なので、その分きっちり、あとでいっぱい変な汗が出た。
うーん、パーティーの手強い荒波、まだまだ大波が来るよ、こりゃ。
展示もこわいぞ。
わたしが中高生の頃愛読していた「ビックリハウス」ヤッコさんはここにも寄稿していた。うむ!読んでるよこれ、読んだな。
懐かしいよ。ちゃんと投稿もしてたんだよな。いや、そこの少年、違うぞ、メールではない。投稿フォームのページでもない。インターネットはなかったのだ。影も形もなかった。手紙だ。ペンで書いて、切手貼って送るのだ。そういう時代だ。そういうの、やってた。
ヤッコさんが小学校6年生の時に作ったお人形もすごい。
どう見ても小学生の手仕事じゃないし、顔の表情なんてもう!
つまり、見てきたものや経験してきたものでやはり人は変るということ。
作り出すものの着地点が違ってくるのだ。こういうのはすごく、勉強になる。
そして圧巻だったのが、不思議なオーラを放つ、トルソーが着た一着のジャケット。
ゴブラン織りのジャケット。革製の凝ったボタン。少し小柄な人の服の様だ。きれいないろのふりふりドレープの装飾がセンスよく施されている。なんだろう、この感じ。そう思ってもう少し近づいてよく見る。
そばに貼られた写真に近づいてみると、それはその服の持ち主、忌野清志郎さんだった。
ほんの僅かの距離にある彼のジャケット。聞けば彼が最後のステージに上がった時の衣装だったそうだ。さわってみたいけど、気持ちが強くそれを制止する。でも、誘惑には勝てず、ほんの少しだけさわった、ちょっとこわかった。
ラペルと胸のドレープはヤッコさんの手仕事だそうだ。
山フーズの名前で繊細なセンスでケータリングをしてらっしゃる小桧山聡子さんとお話できたのもうれしかった。すごいセンスなのだ。
ヤッコさんのパーティーということで彼女の本や言葉からインスピレーションをひろげてこんなプレゼンテーション。
プレッツェルも小さな野菜たちも、まるで植木鉢からにょきにょきと生えるようなこのフードデザイン。実はこれ、土ではなくゴマなのだ。うーん、なんて素敵な。どうしてもお話をしたくて(彼女の周りもおしゃべりしたい人の人だかり)最後までねばって自分がやっているチャワルの活動やポータブルタンドールのことを少しだけおしゃべりした。そうしたら、なんと手作りのZINをプレゼントしてくれた。
うむう、やっぱりすごい。手強い。センスある人はどこまでも隙がないのだ。
山陽堂書店の方々も素敵な人ぞろいで。やっぱり本屋さん、いいよなあ、と思わせてくれた。カレーのことでピンと来てくれて、夏、安西水丸さんの出版イベントがあるからいらっしゃい、とお誘いいただいた。これも、うれしいなあ。
帰り際、ヤッコさんがみんなと記念撮影に応じていた。わたしも、おそるおそる。するとヤッコさん、さっさとわたしの腕をとってにっこりと微笑んでくれた。うん、なんてチャーミングな人なのだろう。来てくれてうれしい、と言ってくれている。本当に、こりゃあこのままじゃダメだ!と皆さんにご挨拶をして夜の青山通りに尻尾まいて逃げ出した。何がダメだったかって言うと、半分がた恋に落ちそうだったから。世の中にはまっすぐで、しなやかで、いつまでも変らず素敵な人ってのがいるもんだ。
かくありたいもんだ。
追記。
書いて、書いて、夢中で書いて、どうにも恥ずかしい文章になったのだけど、載っける場所がない。仕方ないのでこのブログに載せたけど、、、今回は目をつぶってほしい。
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