2015年9月23日水曜日

東京の夜の誰もいない場所。

よくしたことにこの東京でも「誰もいない場所」というのはあるものだ。
わたしはいつの頃からか、誰もいない場所というものを嗅ぎ分ける能力を身に付けてしまっている。

クルマに乗って走るとき、という話だがわたしはどうにも人のいない場所へ、人のいない場所へとハンドルを向けてしまう傾向がある。夜の闇、本物の暗闇などというものは東京に於いてはほぼ、存在しない。しかしながら上手に時間を選んで東京の外れあたりをを選んで走ってみると、なにやらぽつりぽつりと人がいない静かな場所がある。そういう場所をクルマで楽しむ。
こういうのはもしかするとあまり褒められた趣味ではないのかもしれない。
何故夜走るのか、なぜ人がいない場所を選ぶのか。それはそういう場所が私の好奇心や想像力をどうにもかきたてるからだ。その気分には抗えない。



いつもそそくさと身支度を整え車のキーを机の上から取り上げる。
月明かりの夜がある。どんよりした雨の日もある。強い雷雨、雪の降る日、そんな天候がすぐれない日、そういう時の方が気持ちが大きく動く。心の振れ幅や感じ方の受容素子がざわざわと音を立てて波立つのだ。そんな夜は必ずクルマのキーをうろうろと弄んでしまう。いや、迷う事は少ない気がする。思った時はすでに足がガレージに向かっている。そうやって車のドアを開いて、またエンジンに火を入れてしまう。

なにをする訳ではないのだ。
ただただ、クルマを走らせる。たまに気が向いて写真を撮ってみたりする。ビデオをまわすことは稀だ。いい所写真、それよりも自分のざわつく心を楽しんで夜を走る。そのざわつく心に任せたままハンドルを切り、アクセルを踏み、ひとりごとをつぶやいたり昔のことに胸を痛めたりする。

なによりも心が自由になる時間というのがわたしにとっての「誰もいない場所」と「夜の闇」らしい。そこに身を浸す為に、自分のクルマはいつでも切らさずに飼っている。

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